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イベント

ゴッホ展

[ エキシビション ]

開催日

4/2~5/19(京都)、5/26~7/15(宮城)、7/22~9/23(広島)

場所

京都・宮城・広島(巡回)

【巡回会場と会期】

   <京都展> 京都市美術館 2013年4月2日~5月19日
   <宮城展> 宮城県美術館 2013年5月26日~7月15日
   <広島展> 広島県立美術館 2013年7月22日~9月23日



オランダ近代絵画の巨匠、"炎の画家"フインセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)は、
よく知られている作風のように、本当に燃えさかる情熱的な人生を送ったのでしょうか?

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彼の作品からは、なかなか報われない努力に苦悩し、
自己嫌悪に陥った日々が伝わってきます。

アムステルダムにあるゴッホ美術館が、約6ヶ月間の改修工事による閉館するに伴い、今回の《ゴッホ展》では、
多数の日本未公開作品の展示が実現しました。
全52作品のうち36作品が日本初公開となり、
ゴッホが描いた自画像のうち、8点が日本に揃うというのも初めてのことです。


ゴッホの謎を紐解きながら進んでいく展示方法をぜひお楽しみ下さい。
ゴッホの挫折と苦渋からの再生を、孤独の中の強靭さを、
そして日本との不思議な関わりを、あなた自身の眼で追想してください。

後に、光を求めて移住した南仏の地で、ゴッホにやがて訪れる悲劇の序章が、
"空白のパリ"に、すでにあったのかもしれません。


【展示構成】
第一章 写実主義からモダニズムへ
パリ時代(1885年末~1888年初期)のファン・ゴッホの芸術の展開における8つの鍵となる時点を紹介。何か新しい変化がおこるのは、たいていゴッホの芸術の幅が急激に広がる時のことであった。
パリ時代以前/作品を売らなければ/もっと色彩を/古いものと新しいものとの結合/厚塗りから薄塗りへ/答えは一つではない/何よりも形式を/パリ時代以降


第二章 クローズアップ「ファン・ゴッホ」
―空白のパリーゴッホ美術館が研究してきた美術史的かつ科学的な新考察を問い"?"の形式で紹介する。
何に描かれたのか?/どのように描き始めたのか?/絵の下に何が?/どんな色だったのか?/いつ描かれたのか?/描かれたパリの屋根は?/誰を描いたのか?/どこを描いたのか?/飛んでいる鳥は?



フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)とは・・・
1853年、オランダのフロート・ズンデルトにて、牧師の父のもとに生れる。
16歳の頃、画商の叔父の影響で美術商を目指すが、恋に破れ精神を病む。環境を変え、イギリスに渡り補助説教師をつとめるが長続きせず、オランダに戻り神学校を目指したが、これも断念。27歳の夏、弟テオの経済的援助を受け画家を志し、素描を描き始める。2年後、本格的に油彩を始める。33歳の頃、パリに住む弟テオと同居。ジョン・ラッセル、ベルナール、ゴーギャン、ロートレックらと出会い、印象派や日本の浮世絵にも大きく影響を受け、これまでの画風が変化。このころからゴッホはパリでの生活に疲れ、もっと鮮やかな"色"を求めて、南仏に移住。南仏で生まれた作品が、今日のゴッホの代表作の数々となったが、当時は評価されず売れることはなかった。彼の情熱はやがて絵画ではなく自身の内に向けられることとなり、精神はどんどん不安定になっていく。ゴッホは躓く度に心に闇が蔓延り、好転を求め環境を変えていったが、結局は、自ら37年の人生にピリオドを打つこととなる。画家人生わずか10年間に2,000点もの作品を制作したにもかかわらず、ゴッホの生涯で売れた作品は、たったの1枚だけだった。



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「ゴッホ展」ホームページ
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