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2012.05.31

vol.29 エディブル・スクールヤード

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晴れ渡る5月の新緑の中、
今年も娘の通うマーチンルーサー・キング・ミドルスクール(以下、キングと略称)内にある
エディブル・スクールヤード(以下エディブル・ヤードと略称)で
プラントセールが行われました。

このヤード内で育てられた苗の販売をメインに、
近年ではフードコート、音楽演奏なども盛り込まれ、益々賑わいを見せています。

* * *


IMG_4519-052712.jpg我が家から徒歩3、4分の場所にある
キングミドルスクール校内にあるエディブル・ヤードは、
青々とした緑が豊かに育つ、
素朴で愛と歓びに満ちた、素敵な場所です。


草花、ハーブ、野菜、穀物、フルーツに至るまで
所狭しと植えられたこのエディブル・ヤードでは、

植物、作物を育てるだけでなく、
隣接しているキッチンで
生徒たちが収穫した作物を料理し、

一緒に食卓を囲むまでの
一環したプロジェクトが行われています。


このガーデンは、ガーデニングやクッキングのみに使用されるだけではありません。

例えばサイエンスの授業では、
色々な土のpH値(酸性かアルカリ性か)を計ったり、
歴史の授業では、砂を使って学んでいる歴史上の土地の再現をしてみたり。
数学では、エディブル・ガーデンの野菜の重量を量ったりするなどして
利用されるようです。

小麦の脱穀(袋に小麦の穂を入れ、テーブルに叩き付ける)から
製粉(自転車に粉にするための装置が付いており、そこに脱穀した小麦を入れて
自転車をこぐ力で粉にする)までを体験するという授業もあるようで、
子どもたち自身も、とても楽しむようです。

製粉したその小麦粉は、ピザの生地として、キッチンでピザを作る過程へと繋げられます。

また、キッチンでは、歴史の授業に絡めてその国々の料理を作ったりーーー

例えば中国の場合は、中華鍋を使用した野菜炒め、イタリアだったらパスタ、
日本だったら巻き寿司、インドだったらその国のスパイスを使ってみたり、
という風に、その国の特徴を、料理の側面から体験として学んでいきます。

このように、エディブル・ガーデンは、ガーデニングのみならず、
さまざまな授業や体験に、大いに利用されています。

* * *

ここが以前、荒廃した時代を持つ公立中学校であったとは、
今の生き生きとした姿からは想像もできず、信じ難いほど。

一体どんな過程を経て、ここまで来たのでしょうか。

それは、ガーデン・プロジェクトの発起人でもある
アリス・ウォーターズさんの存在なくして、
このプロジェクトの話は語ることはできません。

バークレーのシェ・パニーズ・レストランも経営するアリスさんは
以前、モンテッソーリ・スクールで教鞭を執っていたこともある方で、

レストランも、エディブル・ヤードのプロジェクトも、
彼女にとっては、未来の子ども達のための社会をより良く
豊かにしたいという想いが根底となった活動であると、私は認識しています。

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アリスさんは、自宅から仕事場へ向かう途中で通る
この中学校の荒廃した様子に、
教育現場の在り方、
そして地元というコミュニティの力が
教育現場に行き渡っていないことに疑問を抱きます。

整った教育環境を、すべての子どもたちに
与えることをしてこなかった責任は、
まさに社会の一員である
(大人の)自分たちにこそあると気付き、

その後、この中学校の校長先生に会い、
話しをする機会を得たアリスさんは、
学校が果たしうる役割について、
同じ希望を持っていたことで意気投合します。

やがてはアメリカの他の地域や他国からも
(2005年11月には、チャールズ皇太子も正式訪問
されている)視察の人々が訪れるほどになるまで
このエディブル・スクールヤード・プロジェクトが
立ち上げられ、進められていくことになったのでした。


1994年にスタートしたこのプロジェクトは、
まずは駐車場であった広大な土地のアスファルトを
皆ではがすところから始められたそうです。

IMG_4526-052712.jpg堆肥の大部分は
バークレー市のリサイクリング・プログラムから調達してそれを大地に施し、ヤード内の殆どの構造物は、ガーデンの周りで育った木を使って建てられたのだそうです。

バークレーらしい、サステイナブル(持続可能な)な方法、そして
地元に根ざした作業過程を彷彿とさせられます。

<写真左>「ラマダ」は、ガーデン周りのアカシアと月桂樹の枝から作られた。

* * *


文頭でご紹介した通り、
このエディブル・ヤードでは、植物、作物を育てるまでが終りではありません。

収穫し、隣接したキッチンで料理をし、
皆で食卓を囲み、余った食材をコンポストに還すまでの、一環したプロジェクトです。

さまざまな人種、家庭環境の子どもたちがいる中、
初めてオーガニックの作物を食べ、土に触れ、
皆で食卓を囲むという経験をした、という子どもたちもいるそうです。


現代は、「分断」された社会であると
私は常々思っています。

ーーー食べ物はスーパーから買うもので、それ以前の食べ物の本来の姿を知らない、
育てたこともない。
何が人にとって安全で健康なことなのか、
それが地球にも繋がっていくというコネクションを想像する力の欠如ーーー。

また、なんらかの理由で、
ひとりで食事をしなければいけない子どもたちがいるという現状。

そこで見失ってしまった、大事な事柄はたくさんあります。


想像力、思いやり、全体を見る力、時間をかけるということ。
生きる上で真に大切なこと、人生の本当の豊かさということーーー。

そこに伴う喜びや、幸福というものも
体験していない子どもたちもたくさんいるはずです。


そういったものを、
このプロジェクトは取り戻すきっかけになりうるのではないかと思うのです。

* * *


そして、アリスさんが
自らのレストランでも表現されている、「地元に密着した在り方」ということーーー

これも、エディブル・ヤードの概念と根底を同じくしたものだと私は思います。


――例えば、地元で栽培されたオーガニックの旬の素材を使って、生産者(農家)の方々とコミュニケーションをとり、その素材を生かした調理をするーーー

これは、今ではかなり浸透してきた発想ではありますが、
シェ・パニーズ創業当時の(1971年)アメリカ国内では、画期的なものであったと聞きます。


人との繋がりをなくしたことで生まれる、
安全性への責任の逃避、ものや人への愛の喪失。

また、
バーチャルな世界が進行することによる、
人々の意識や感覚の鈍化。低下。

便利、快適、生産向上、利益優先を求めてきた社会の代償の大きさに、
私たちは今、気が付き、目覚め始めています。

アリスさんの言葉に、
このようなものがあります。


「巨大なアグリ(農業)ビジネスや加工食品、スーパーマーケットが真の共同体ーーー
 地域の過程経営の農業や、家庭料理、ファーマーズマーケットによって育まれる
 人と人をつなぐコミュニティのメリットを実現できないのと同様、
 バーチャル教室が、社会的責任感のある国民を育てる本物の教室にとってかわることなど
 決してできないのです。」 (「食育菜園」/ペブル・スタジオ訳)


その第一歩として、
自分の手で耕し、収穫したものを愛おしく料理し、仲間と一緒に楽しく味わう。


そのような実体験を伴ってはじめて、
教育というものは血肉となって浸透し、実を結んでいくのでしょう。


社会を、地球をより良い環境にしていくために、
まずは自分自身の体、心、魂を養うという基盤がなされることの大切さを、
あらためて考えさせられます。


* * *

DSC_0012-052712.jpgアリスさんが創設した「シェ・パニーズ財団」では、
サステイナブル(持続可能な)農業に取り組む、地元の生産者たちと深い繋がりをつくり保ちながら、教育の現場と食を結びつける活動が行われています。

キングミドルスクールのガーデン・ケア、ガーデンツアー(エディブルヤードの説明会など)、プラントセールなどにも関わり、
しっかりと根をはった活動をされているのが窺えます。

アリスさんの提唱されるこれらの概念が、
これからも大きなうねりとなって世界に広がり、形を変え、実践されていくことに
私は大きな期待を寄せています。

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<写真左>エディブル・ヤードに隣接しているキッチン建物の壁に貼られている、アリスさんの哲学。



日本は今、大変な時期を迎えていますが、

昔から日本人と共にあった
微生物菌との共存などの知恵を生かして大地を復活させ、

アリスさんの提唱するような 地元に根ざした生き方ーーー

地消地産の素晴らしい未来を復活させるきっかけとして
力強く進んでいって頂きたいと、心から願っています。

遠く海のこちら側から、
日本が 本質に戻る最大のチャンスを請け負い、世界に率先して見せてくれているのだと信じ、
見守らせて頂きたいと思っています。


「ソクラテス以降の教育者たちが認識してきた通り、
 教育の目指すところは、
 たくさんの学問をおさめることではなく、
 自分自身を修めることです。

 自分に対する責任と、私たちの住む この地球への責任は
 一体で 切り離すことはできません。」

              アリス・ウォーターズ(「食育菜園/ペブル・スタジオ訳」)


* * *

Photo Alubum

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<写真左>チキン・トラクター(鶏の移動式小屋)は、草を食べてほしい場所に鶏ごと移動できる、便利もの。日中、鶏はガーデンに放されている。鶏のお陰で、かたつむり駆除も薬なしで済み、鶏のつついた土壌は空気が入って肥沃になる。卵はキッチンクラスで使用することも。

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このエディブル・ヤードは、社会に向けていつも扉を放っており、
平日の学校終了後、そして休日は、市民や他地域からのビジターなど 誰でも訪れることができます。
休日などには、子どもを連れた家族が、ランチを持ってこのガーデンの中でくつろいでいるのを見かけることも。

私たち家族も、子どもが小さい頃から近所のガーデンを訪れるような気軽さで
度々このエディブル・ガーデンを訪れていました。

野菜や果物の小道を散策したり、
奥にいる鶏にクローバーをあげたりしていると、
体の奥から元気が蘇ってきて、人間としてのシンプルで素朴な本質的歓びに満たされていくように感じます。

元気に育つ野菜や草花を見て、触れるだけで
人は元気になれることを、
ここにいるだけで思い出せるーーーそんな場所なのです。

他地域、そして日本からのお客様も時々お連れしますが、
皆さんとても元気になられ、喜んで下さいます。

毎年5月に行われるプラントセールの収益金は、
シェ・パニーズ財団の運営基金として役立てていくのだそうです。


【参考文献】「食育菜園」(ペブル・スタジオ)

プロフィール

加藤万里 -Mari-Kato-

フラワーデザイナー

加藤万里 -Mari-Kato-

カリフォルニア・バークレー在住、フラワーデザイナー。ハーバリスト。
1994年より、ロスアンジェルスで花教室FOLIAGEを主宰。
2004年秋より処点をバークレーに移し、06年、あらたに「お花会」という形でFOLIAGEを再開。その後、アロマクラス、ハーブクラスも増設。

フラワーアレンジ、アロマ、メディカルハーブ、ガーデニング、インテリア、手仕事など多方面から、花のある暮らしを提案すると共に、植物を通して、目に見えない大事なことを思い出していくための機会と場になることを願い、会を開催している。

また、昔ながらの暮しの知恵を取り入れ、現代風に楽しむことで、忙しい日々を送る現代人が忘れていることを取り戻していきたいと考え、スローライフを自ら実践し、提案している。

ロスアンジェルスの日本語情報誌「LIGHT HOUSE」にて、98年から02年まで「カリフォルニア花日記」「シンプルエコライフのすすめ」などの記事を連載。
09年春と秋にバークレーで、食とお花、食と手仕事をコラボさせたワークショップ付きの「カフェ・イベント」を開催。好評を博する。

著書に、ロスでの花生活を綴ったエッセイ『ガーデンダイアリー カリフォルニア 花と暮らす12か月』(講談社文庫 98年刊)がある。